2021.03.08

Side Story「Gravity」


Novel Movieはこちら:
https://youtu.be/yTrR4zHVbPA
月光 (covered by AORTA):
https://youtu.be/VRfCO8n1RNo

トラブルに巻き込まれやすいタイプの人、というのは確かにいるように思う。
エノは間違いなくソレ、だ。
「最近、誰かにあとを尾けられてる気がするんだよね」
「……物騒ね。心当たりはないの?」
普通だったら気のせいじゃないのかと言うところだけど、エノに限ってはこちらが予想もしないトラブルに巻き込まれている可能性のほうが高い。
「ないない。でも気のせいじゃないと思うんだよね。」
「男の人?」
「うーん、わからない……けど男の人ではないような……ひとりでもないような……」
「どういう根拠かしら……?」
「……なんとなく。振り向くとパって隠れちゃうのか姿は見えないから、もしかして座敷わらしとかかな……?」
「他になにかいつもと違うことや、おかしなことはない?」
「ある!これ!」
エノはバッグからガサゴソと封筒を取り出した。宛名には『エノ 様』と書かれている。
「こんなものがポストに入ってた!」
エノが封筒から取り出したのは、チケットだった。
ほとんどデジタルチケット化されているこのご時世にめずらしく、紙製のチケット。
「セレニティタワーの展望室のチケット……何か書いてある……日付と時間、『J』のサイン……これ、今日じゃない」
「そうなの、今日19時。も、もしかして…………これ、果たし状かな?け、決闘を申し込まれるのかな??」
「決闘?展望室でしょう?普通は告白とかじゃないかしら?」
「こ、こ、こ、告白!?『J』さん!?どちらさまっ!?」
声が裏返って慌てるエノ。思わず、くすりと笑ってしまう。
「知らないわよ……エノの隠れファン……?」
「そうかぁ……じゃあ行かなきゃダメだね!」
「まさかエノ、行く気なの?」
「うん、気になるし、ファンの人だったら歌の感想聞いてみたいし」
「さっき、あとをつけられてる気がするって言ってたでしょう? 同一人物とは断言できないけど、その人の可能性もあるし…………行かないほうがいいんじゃないかしら?」
「でも、展望室だし、恥ずかしがり屋のファンの人かもしれないし……」
「わかったわ。私も一緒に行ってもいいかしら?」
「ほんと?一緒に行ってくれるの!?それなら心強いや!……痛ッ……指切っちゃった」
チケットを封筒にしまおうとして、エノは指を傷つけてしまったようだ。
「あらあら、血が出てる。ティッシュで押さえてて。消毒と絆創膏取ってくるわ」
私は急いでバスルームに向かう。
棚を開けて消毒薬と絆創膏を探しながら、ふとオレンジ色のサプリのボトルが目が留まる。
ケイを失ってからの日々。その頃の私は、傍から見れば普通だったと思う。けれど、身体のほうが正直に反応した。薬で症状を抑えるよりも、と処方されたのが複数のビタミン・漢方が配合されたこのサプリ。
効いているのかいないのかよくわからないまま飲んでいたけれど、気づけば症状は消え、この怪しいオレンジ色のボトルにも手を伸ばさなくなって久しい。
完治したのはサプリのおかげじゃない、エノと出会ってから、だ。
「このサプリ、もう必要ないわね」
今そんなことをする必要はないと思いながら、なぜか私は自分を止められなかった。
私はオレンジの瓶をつかみ、ゴミ箱に放り込んだ。
そして、手早く消毒液とコットン、絆創膏を手に取ると、エノの元に戻った。
「これでよし、と。」
「ありがとー、アオルタ」
「さ、今日の分のトレーニングを終わらせてから、セレニティタワーに行きましょう!」
「あーん、やっぱり鬼ー!」
▼▼▼
「アオルタ、今、何時?」
「18時40分」
「ちょっと早く着いちゃったね。せっかくだから展望室を見て回ろう!」
順路に沿っていくと、窓の外には都会の夜景が広がっている。
「うわぁ、こんな夜景初めて見た!」
エノはまたガラスに両手と顔をくっつけるようにして、夜景を眺めている。
ここのところ毎日私のスタジオにこもって特訓ばかりだから、たまにはこういう景色を見るというのも、エノにはいい刺激かもしれない。
展望室の一部はタワーからせり出すように作られている部分があって、そこは足元までガラス張りになっていた。
「うわー、ここ床がガラス張りだよ!ひゃーここ、乗っても大丈夫なんだよねぇ?」
エノが不安そうに聞いてくる。
「もちろん、人がたくさん乗っても大丈夫なように作られてなきゃ困るわ……」
「そうだよね!よーし!」
やたら気合の入った一歩を踏み出すエノ。また私は思わず笑ってしまいそうになる。
「はぁ、なんか宙に浮いてるみたいだよ、アオルタ!」
「うん、そうね、足元の視界が抜けてるってなんだか不思議な感じね」
「見て!あっちに月が見えるよ!」
さっきまで恐る恐る一歩踏み出していたくせに、ガラス床の上を小走りするエノ。
興味が移るのが早いのか、適応力が高いのか……。
「今日は満月なのね」
「月の光が海に反射してキレイ……」
月が見える側は海に面していて、都会の夜景とは正反対の静かな景色が広がっていた。
暗く広がる海と空に、ぽっかりと満月が浮いている。
「エノ、そろそろ時間じゃない?」
「そうだ! 今何時?」
「19時ジャスト」
「Jさん、どこかな?」
エノはキョロキョロあたりを見回すけれど、誰もエノに声をかけてくる気配はない。
そういえば、私、別行動していたほうがよかったかしら。
「向こうは、エノを知っているわけだし、場所も向こうが指定してきているんだから、ここで待ってみましょう」
「そうだね……」
10分経っても、『J』は現れない。
「ねぇアオルタ、展望室、もう1周してみない? Jさんもあたしのこと、探してるかもしれないし」
エノは待つのがあんまり得意ではないらしい。動いているほうが気が紛れるのだろう。
「そうね、逆周りで1周してみましょうか?順路とは逆になってしまうけれど、人もまばらだし……」
エノがこくこくと頷く。
そうして、私達は来た道を戻るようにもう1周、展望室をぐるっと回ったけれど、エノは誰からも声をかけられることはなかった。
エノはまだ帰る気はなさそうだったので、さらにもう1周した。
それでも何も起こらなかった。
展望室はいよいよ人もまばらで、いたとしてもだいたいがカップル。これでは『J』がいる可能性も低いだろう。
「そろそろ、帰りましょう、エノ」
唇をきゅっと結んで、あたりを見回してから、ようやくエノはあきらめたように口を開いた。
「……そうだね。Jさん、急に都合が悪くなっちゃったのかな」
エノが私と一緒にいる姿を見て、引き返した可能性もあるけれど……口に出さないでおいたほうがいいわね。そうだったとしても今の私たちに『J』を見つける方法はないのだから。
帰りのエレベータも誰も並んでおらず、私とエノの貸し切り……
と思ったのだけど、エレベータの扉が閉まる直前、細い4本の指が扉が閉まるのを阻んだ。
「すいませんっ!乗りますッ!」
▼▼▼
エレベータの扉が再び開くと、小柄な作業服のスタッフが乗り込んでくる。
背丈と声からすると女性のようだけれど、キャップを目深にかぶって、うつむき気味に乗り込んできたので、顔はよく見えない。
エレベータは静かに下降を始め、加速していく。
でもその次の瞬間、
ガタン!
という大きな揺れとともに、視界が暗くなった。
「きゃ」
思わず、よろめいて壁に手をつく。
何が、起こったのかしら?
エレベータは停止しているようだ。
そして暗くなったのはエレベータ内の照明が消えたから。
とは言え、ガラス張りだったおかげで、真っ暗というわけではない。
満月がエレベータの中を照らしてくれている。
「エノ、大丈夫?」
エノも手すりにすがりつくように中腰になっている。
「う、うん、びっくりしたぁ」
「エレベータが止まってしまったみたいね、非常用の連絡ボタンがあるはず……」
操作パネルのほうに目を向けると、そこには作業着のスタッフが立っていた。
「動かないで、ふたりとも」
私が口を開くよりも先にそう言った。
キャップの影になって表情は見えないけど、やはり女性のようだ。
おそらく彼女が『J』よね。
私の嫌な予感はやっぱり当たったということかしら。
「私の言うことを聞いて、でないと、このエレベータを地上まで一気に落とすから」
彼女の手には小型の液晶端末が握られていて、そう脅した。あの端末からエレベータを操作できるということなのだろう。
「とんだご挨拶ね、Jさん」
私の言葉に、エノがびっくりして口をあんぐり開けているのが、見なくてもわかった。
「……あなたが、Jさん?……エレベータを落とすってどういうこと?」
「さすが、理解が早いのね、アオルタさん。エノの隣に移動して。下手なことはしないでね、手が滑ってエレベータを落としてしまうかもしれないから」
私は言われた通りに、壁を背にJとの距離を保ちながらエノの隣に移動する。
さて、どうしよう。この様子じゃエレベータの非常用連絡ボタンも使えなそうね。
「エノ、あなたが私の望みを叶えてくれるなら、あなたたちを無事に地上に返すと約束するわ」
「Jさんの、望みって……?」
「私とデュオを組んで、アクログラムにエントリーしてほしいの。」
「へ?……いや、無理だってば、無理ムリむりぃ!」
なんだかどこかで聞いたことがあるような会話ね。
脅してきている相手をそんなに無下に否定しないほうがいいような気がするけれど……
「あなたは希望なの。あなたとなら最高のデュオになれると思う」
Jがエノに向き直って顔を上げた。エノよりも少し年下の、きれいな顔立ちをした少女だ。
気の強そうな瞳が光を放っているように見えるのは、月の光のせい……?
「最高のデュオ……って……あたし、もうMINERALSだし……」
困惑するエノには構わず、Jは話を続けた。
「……私にはデュオを組んでいたパートナーがいた。彼女とならアクロスターになれる、そう信じられるだけの才能が彼女にはあった。……そして最高の親友だった。でも彼女は逝ってしまった。私をおいて……」
「そんなことが…………」
エノの目に同情の色が浮かぶ。
「それからは絶望だった。彼女がいなかったら、歌えない、生きている意味さえも感じられなくなった。私も一緒に消えてしまえたらどんなに楽だったか……」
Jの顔が辛そうに歪む。
「でも彼女は私に呪いをかけた。……なんて言ったと思う?最後の最後に。『私たちが見た夢を終わらせないで、あなたが紡いで、私の分も』って」
少しだけJの気持ちがわかる。
そして、Jの痛みが、私とは比べ物にならないことも。
「彼女のその言葉のせいで、私は歌をあきらめることも、この世界から消えることもできない……ただ悲しくて……毎日をやり過ごしていた……でも、ある日グラムボールから、エノ、あなたの歌声が聞こえてきた……」
私が配信したGET LUCKYでのライブね……。
「そして私はあなたを見つけた。あなたとなら、また夢を紡ぐことができる気がしたの」
エノの歌声が持つ、希望の力。
気づいたのは私だけじゃなかったのね。
Jの話をじっと聞いていたエノが口を開いた。言葉を選ぶようにゆっくりと話し出す。
「そんな風に言ってくれて、ありがとう。Jさんがパートナーさんを失って、辛い気持ちも、想像しかできないけど、今の話で痛いくらい伝わってきました……でも、ごめんなさい!あたし、Jさんとは歌えません」
もう一度、ごめんなさい、とエノは頭を下げる。
「あたしのパートナーは、アオルタじゃなきゃダメなんです」
「エノ、あなたがパートナーになってくれないのなら、エレベータを落とす」
エノががばっと頭を上げた。
「そんなことしたら、Jさんだって……! 約束を破ることにならないの?」
さっきまでの言葉を選ぶ慎重さはどこかへ行ってしまったみたい。
エノの口早な問いかけに、Jの表情が一瞬こわばる。そして、すがるような表情になる。

 

「あなたが最後の希望なの! エノがパートナーにならないなら、もう私は夢を紡げない……全部終わりにするの!」
「ダメだよ、そんなの!」
「わかったわ」
「ア、アオルタ!?」
「J、エノをあなたに譲るわ。その代わり、最後にデュオとして、MINERALSとしてライブをさせてほしいの。あなたがただひとりの観客よ」
Jは突然の私の申し出に、信じていいか考えを巡らせているようだった。
「…………いいわ、1曲だけなら。その代わり、下手なことができないように私のグラムボールを使って」
「オーケー、エノ、準備はいい?」
「え?今?歌うの!?…………わかった!」
エノに向かってウインクする。
エノも何かを感じとって、力強く頷いた。さすがの順応力ね。
「J、『Show Your Eyes』をお願い」
「Hey、グラムボール、制限ライブモードで『Show Your Eyes』をプレイ」
小さな暗いエレベータの箱の中に、エノと私の歌声が響き始める。
♪不思議な力で引き寄せあったら止まった時計が回り始めてく
J、わかるかしら?
私はエノを見つけたけど、エノも私を見つけたの。
私たちの間には引き寄せ合う力があった。
♪何故かすくんだ足がすこし動き出す
私もエノが一歩を踏み出す、背中を押した。
だから、今の私たちがいる。
私はエノの歌うサビに合わせて、本来はないメロディを歌う。
♪Let me show your eyes I know(ふたり引き寄せ合ったから)
♪Let me show your eyes I know(新しい歌がはじまる)
♪Let me show your eyes I know(差し出した手を)
♪Let me show your eyes I know(つないだあのときから)
♪心のまま君と走り出す
Jに届くように、この歌の意味が。
この歌は私とエノのはじまりの歌だから。
歌い終えると、Jは涙を流して、崩れ落ちた。
「……私じゃ、ダメってことね……私がエノを見つけるだけじゃ……」
「Jさん……」
エノがJに駆け寄る。
私はJが手放して床に置かれた端末を拾い上げた。
「J、あきらめてはダメよ。私からアドバイスできるのはそれくらいだわ……」
Jは涙でいっぱいの目で私を見上げた。こんな目に合わされておいて、おかしな話だけど、どうしてかそんなに悪い子には見えない……。
とはいってもJを信用して操作させるわけにもいかないし、端末の操作は、グラムボールにまかせよう。
「Hey、グラムボール、アナライズモード起動…………」
エノはずっと懸命にJを励ましている。ほんとお人好しね。
Jは涙を流し続けながら、エノに支えられてなんとか立ち上がったようだった。
「……解析完了と。Hey、グラムボール、エレベータ制御をリブート」
グラムボールが数回点滅したあと、グリーンに光ると、端末のスクリーンはブラックアウトした。それと同時にエレベータの照明が点灯する。
「通電したみたいね。」
数秒の間があった後、エレベータも再び下降を始めた。
エレベータは静かに地上階に到着した。
「はー!無事地上に着いた!」
エノが大きく息を吐きながらつぶやく。
▼▼▼
エレベータから降りると、Jとは違う、小さな影が現れた。
その小さな影は、ものすごい勢いで走り寄ってきてJにタックル……するかのように抱きついた。
「もーばかばかばかばかばか!なにやってんの!?マジ心配した!」
私もエノもあまりの勢いの目を見開く。
「ほんとバカ!ストーカーしたり!エレベータ止めてたよね!?犯罪だよ、犯罪! おねえちゃんが泣くよ!約束したでしょ!?ばかばかばかばかばかばか!」
小さな影はひとしきり罵倒するとJから離れ、私とエノに向き直った。
Jよりもさらに小さい、10歳くらいの少女だった。少女の目には涙が浮かんでいる。
「ジェイが、お姉さんたちに怖い思いをさせたりしていたら、本当にごめんなさい。」
少女は深々と頭を下げた。
「わたしの姉が亡くなって、それでジェイ、すごく落ち込んじゃって……でもエノさんの歌で元気になって……でも元気になったと思ったらストーカーみたくなっちゃって……エノさんのことつけまわしてたのもジェイです」
「やっぱり、そうだったのね」
私は、エノの頭にぽんと手をのせる。
「ジェイ、ちょっと思い込みが激しいところがあって。姉からも、ジェイのことは気をつけて見張っててって頼まれてたんです。それで、心配であとをつけてたら……エレベータが全然っ、降りて、こなくて、もう、どうしようかと思って……えーーーーん……」
最初は気丈に話し始めた少女だったけれど、途中から気が抜けたのか涙声になり、さらには泣き出してしまった……
「ごめん……ごめんね……心配かけて、ごめん……」
Jが少女をやさしく抱きしめた。
「ジェイのばかばかー! わたしがいるじゃん。お姉ちゃんの代わりにわたしがいるよ。わたしがジェイと歌ってあげるよ……お姉ちゃんに頼まれたんだから……」
「うん……そうだね……そうだね……」
Jのパートナーはちゃんと、Jのために『希望』を残していったのね……
Jと彼女との間に引き寄せ合うものがありますように。
Jは少女をなだめると、私とエノのほうにしっかりと向き直った。
「ごめんなさい。謝って許してもらえることじゃないし、警察に通報してもらってもかまいません……」
そう言って、深々と頭を下げた。
「ううん、もういいよ。ね?アオルタ」
「そうね、もうこんな、他人を傷つけるようなことも、自分を傷つけるようなこともしないって約束してくれるなら、通報はしないわ」
「もう、こんなことはしません。ふたりの歌を聞いて、希望を感じられたから……本当に、申し訳ありませんでした。」
「もう、絶対させません!」
Jの言葉に重ねるように、少女が力強く言うので、私とエノはくすりと笑った。
Jと少女と別れてから、私とエノはウォーターフロントのショッピング街を抜けてビーチまで散歩して歩いた。
「はー、ファンと言えば、ファン。告白と言えば告白だったのかなぁ」
「そうねぇ……そういえばエノ、あとをつけられてるのがひとりじゃない気がするって言っていたけれど、実際、あのふたりだったのね」
「ね!ほら、ちゃんとふたりいたでしょ!男の人じゃなかったし!」
「座敷わらしでもなかったけどね……」
エノは波打ち際までいって、水に濡れそうになりながらはしゃいでいる。
海を見ると、月の光が波に揺れてがきらきらと光っている。
『あたしのパートナーは、アオルタじゃなきゃダメ』
ふたりが引き寄せあって、今のMINERALSがある。
それでも、あのセリフはちょっとうれしかったな。
ありがとう、エノ。
私は心の中でつぶやいた。
END
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